第5話 ドワーフの村にて

人間……にしては背格好が低い、ずんぐりとした身体つきの二人の男が、手にした戦斧で激しい打ち合いを繰り広げていた。
お互い殺気の篭った一撃を振るっているが、獲物の刃の部分は丈夫な布で覆われており、相手を傷つけないよう配慮されている。
そして、周囲には男たちと似たような体型の連中が、思い思いの野次を飛ばしていた。
その様子を村の長であるゴートは、長椅子に腰を下ろし、遠巻きに眺めていた。

「さて、どっちが勝つかね」

ゴートが、声のする方に目を向けると、古い馴染みのモートルがエールを両手に掲げて立っていた。

「さあな。互角といったところか。どちらもやりおるわ」

ゴートはそう言うと、モートルの差し出してきたエールを受け取り、一気に飲み干す。

「相変わらずいい飲みっぷりだの」

モートルはにっと白い歯を見せると、自分も手にしたエールをあおった。
そして、ゴートの向かいの席にどっかと腰を下ろす。

ここは灰の民の村。
ミスタリア王国の北部に位置するドワーフ族の村である。
ドワーフたちは周囲を高い山々に囲まれたこの村でひっそりと暮らしていた。
ドワーフは人間よりも妖精に近い種族で、戦いと酒を好む者が多い。
そして、その粗野な見た目とは裏腹に手先が器用で、人間には真似のできないような品質の高い装飾品や武具を作り出すことができる。
彼らはたまに麓の村に赴き、製作した品々を食糧やエールに変えて生活していた。
一見、平和そうな村に見えるが、この辺りには強力な魔物が多く生息しており、村を襲われることが度々あった。
そのため、ドワーフたちは村を守るため自身を鍛える必要があった。
定期的に開催されるこの武闘会も鍛錬の一環である。

「お前は参加しないのか?」

モートルに問われたが、ゴートは首を横に振る。

「儂はよい。祭りで年寄りがでしゃばっても興が醒めるだけよ」

「確かに『竜殺し』(ドラゴンスレイヤ)のお前とまともに勝負できる奴がこの村にいるとは思えんな」

そう言ってモートルは豪快に笑う。

「それはお主も同じじゃろうが」

ゴートは呆れたような顔をして旧友を見やった。

二人はかれこれ二百年来の付き合いになる。
幼少の頃から良き友として、ライバルとして互いの腕を磨きながら、村を守ってきた。
ここ百年ほどの間に村を襲った脅威は、この二人の力で退けてきたと言っても過言ではない。
話に出てきた『竜殺し』の称号も、二十年ほど前に村を襲った凶暴な白竜(ホワイトドラゴン)を二人で仕留めた際に、国王から与えられたものだった。
ゴート自身はその称号になんの魅力も感じていないが、モートルは気に入っているのか事あるごとに話題に上げてくる。

「そこまで!」

審判のよく通る声が辺りに響く。
どうやら先ほどの試合が終わったようだ。
戦いに勝利した若いドワーフが斧を掲げて、観衆の声援に応えている。

「終わったようだの」

ゴートとモートルも拍手で勝者を讃える。
すると、勝利したドワーフが鎖帷子のしゃらしゃらという金属音を立てながら二人に近づいてきた。
ゴートは嫌な予感がして、モートルを見る。
その視線を受けてモートルはにやりと笑った。

「長よ。オレと仕合ってもらいたい」

ゴートは若者の頼みに物憂げな表情を向ける。
すぐに断りを入れるべく口を開いたゴートだったが、それはモートルの大声に遮られた。

「それでこそ優勝者じゃ!」

モートルは席を立ち大仰な仕草で若者を讃える。

「大会の優勝では飽きたらず、竜殺しの英雄たる長をも打ち取らんとする見上げた向上心! 長もこの勇気ある若者の挑戦を受けぬとは言うまいて。のう?」

「モートル、お主……」

ゴートは目の前で吠えるお調子者の頭を自慢の戦斧で叩き割りたくなる衝動を抑えながら呻く。
周りを見ると、村人たちが期待と興奮の入り混じった顔でこちらを見ていた。
ゴートは諦めたように首を横に振ると、優勝者である若者に声をかける。

「準備せい」

その一言で若者の目に闘志が宿り、観客がいろめき立つ。

「まったく……年寄りがでしゃばっても興が醒めると言うたのに」

ゴートは恨みがましい視線をモートルに送りながらゆっくりと席を立つ。
モートルはそんな村長の小言を気にも止めず、明るい声を出す。

「まあ、いいじゃねえか。せっかくの祭りなんだし。お前も楽しんでこいよ」

「どうなってもしらんぞ」

ゴートはそう吐き捨てると、仕合用の戦斧を手に取り、会場へと向かった。

ゴートが対戦相手を一撃で失神させてからしばらく後、ひとりの人間が村を訪ねてきた。
丈の長い灰色のローブを身にまとい、右手に樫で作られた杖を携えている。
フードを目深に被っているため、年齢はおろか性別すらはっきりしなかった。
その人物は村人のひとりに幽鬼のような足取りで歩み寄り、尋ねる。

「この村の長はどこだ?」

冷たく仄暗い地の底から響くような声に、村人は身を硬直させたが、かろうじて腕を上げて指差す。
その指の先には、仕合を終えてくつろぐゴートの姿があった。

「感謝する」

人間はそう言うとすぐにゴートの元へと向かった。

一方のゴートは何か異様な気配を感じて、エールを飲む手を止めた。
周囲を見回して、その気配の主を見つける。
向かいで飲んでいたモートルも気づいたのか、壁に立てかけていた武器を自分の方へと引き寄せた。
人間はふたりの前で止まり、しばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。

「お前が村長か?」

「いかにもそうじゃが。お主は何者じゃ?」

「ドワーフごときに語る名などない」

人間の嘲るような物言いに腹を立てたモートルが身を乗り出すが、ゴートは手でそれを制す。

「何をしにきた?」

ゴートが務めて冷静に問いかけると、人間は満足げな笑みを浮かべて話を進める。

「貴様ら、ザラの娘を殺したのだろう?」

ゴートの眉がピクリと動く。
ザラは二人が倒した白竜の名で、正確にはザラ・マキナという。
偉大な古き竜の一柱である氷の女帝ザラ・ハースンの娘だ。
生まれて100年ほどのまだ幼い竜だったが、母親譲りの強靭な肉体と凶暴な性格を兼ね備えており、口から吐き出される息は、あらゆる者を凍てつかせる力を持っていた。
ゴートとモートルの二人は知り合いの魔術師から譲り受けた寒さを防ぐ魔法の水薬を使って、この竜に挑み、からくも勝利を収めたのだ。
そんなかつて相対した竜の名が意外なところから出てきたため、ゴートは警戒を強める。

「それがなんだと言うんじゃ」

ゴートはギロリと旅人を睨んだが、旅人はそれに臆することなくずいと体を乗り出してきた。

「奴は腕輪を持っていただろう? 大きな青い宝石の付いた腕輪だ」

ゴートが首を傾げて、モートルの方に顔を向けると、彼は首を横に振った。

「知らんな。確かに奴は棲家にかなりの量の財宝を溜め込んでおったが、そのような品はなかったぞ」

「嘘はつかぬ方が身のためだぞ?」

「嘘などつかぬわ」

ゴートと旅人の間に重苦しい沈黙が流れる。
その沈黙を先に破ったのは旅人の方だった。

「……分かった。だが……」

旅人はそこまで言って、くるりと背を向ける。

「もし我を騙しているのであれば、後悔することになるぞ」

人間は顔だけを後ろに向けて、口元にぞっとするような笑みを浮かべた後、二人の元を去っていった。

「ゴート」

「分かっておる」

ゴートは旧友に言葉を返すと、厳しい表情を浮かべたまま席を立ち、何処かへと向かって歩き出した。

それからしばらくして、切り立った崖の岩壁の前にゴートはいた。
遥か上方にある崖のてっぺんは薄黒い雲に覆われており、眺め見ることはできない。
ゴートは背負い袋から小型のピッケルを二本取り出し両手に持つと、それを岩壁に引っかけながら器用に登り始めた。
その後、全く危なげなく進み、半刻ほどかけて人が三人ほど乗れる広さの岩棚にたどり着いた。
そして、壁に空いた小さな穴を確認すると、ポケットから青銅製の鍵を取り出し、差し込む。
更に右に捻ると、鍵穴の右側の岩壁が静かに上に開き、洞穴が現れた。
洞穴の中は灯りのまったくない暗闇だが、ドワーフには暗視の能力が備わっているため問題ない。
ゴートは躊躇することなくずんずんと進み、やがて突き当たりに行き着いた。
暗闇のため人間の目では何も見えないが、中央には台座があり、一体の小さな女神像が祀られていた。
ゴートは無造作に女神像の頭を掴むとゆっくりと何かを確認するようにして、右へ左へと回転させる。
するとそのうち、かちりという小気味よい音がして、突き当たりの壁が静かに上に開いた。
中では目が眩むほどの財宝の山がゴートを出迎える。
しかし、ゴートは財宝には目もくれず、真っ直ぐに更に奥を目指す。
最奥には台座に置かれた光り輝く王冠。
ゴートはそれを払い除け、背負ってきたミスリル製の戦斧を台座に置いた。
その重みで台座が少し沈み、目の前の壁が小窓ほどの大きさ分開いた。
そこには青い宝石のあしらわれた例の腕輪が隠されていた。
ゴートは腕輪に手を伸ばす。
と突然、台座の斧を手に取り振り向きざまに薙ぎ払った。

「勘のいい奴め!」

件の旅人が後ろに飛び退きながら叫ぶ。

「透明、無音……ここまで気配を消しても気づかれようとはな」

旅人の右腕からローブを通して血が滲む。

「殺気と欲望がだだ漏れじゃ。精進が足りんわ」

ゴートは旅人に皮肉をぶつけると、斧を両手に構える。
しかし、旅人はゴートの向ける敵意を気にもとめない様子で、ゆっくりと辺りを見回す。

「それにしても魔法の力も借りず、これだけの仕掛けを造り上げるとは。我の力をもってしてもこれは見つけきれぬわ。ドワーフごときが見事なものだ」

旅人は、くつくつと気味の悪い笑い声をあげる。

「そして、残念だ。これだけの技術を持つ輩を滅ぼさなければならないというのは」

次の瞬間、旅人は凄まじい速さで魔法を詠唱を始める。
旅人の動きに注意を払っていたゴートは、瞬時に斧を振り上げ前に飛び出す。
しかし、ゴートが斧を振り下ろすより早く、旅人の魔法は完成した。

「我を欺いた罰を受けるがいい!」

その言葉と同時に、ゴートの意識が朦朧とする。
ゴートはなんとか意識を失わないよう歯を食いしばって耐えるが、圧倒的な魔法の力に屈しそうになる。

「無駄な足掻きよ。貴様ごときに我が魔法を打ち破れるものか」

ゴートは勝利を確信して高らかに笑う旅人を睨みつけ、力の入らぬ四肢をなんとか動かそうと試みる。

―――せめて一撃

倒れてしまうまでもういくばくも猶予は残されていない。
ゴートは最後の力を振り絞り、獣のように吠えた。
少しだけ体に力が戻る。

(よし!)

ゴートは強く地面を蹴り、完全に油断している旅人との距離を一気に詰める。

「こやつ!?」

突然のことに反応できない旅人目がけて、ゴートは倒れ込むように斧を振るった。
凄まじい勢いで振るわれた凶器は、旅人の左肩を捉え、腕と体を切り離した。
人のものとは思えぬ叫び声を上げて、旅人は後ろに飛びすざり片膝をつく。
それと同時に、ゴートの気力も尽きる。
敵には致命傷を与えたはずだ。
あとはモートルたちがなんとかしてくれるだろう。
傷口を抑えて自分に向かって何事かを喚いている旅人をぼんやりと眺めながら、ゴートは意識を失った。

それからしばらくして、ゴートは自室のベッドで目を覚ました。

(ワシは……生きていたのか?)

生を実感して、次いで違和感に気づく。
体中が血まみれなのだ。
しかし、体に痛みはなく、傷らしきものも見当たらない。
正面の壁に立てかけられている愛用の戦斧も真っ赤に染まっている。
初めは件の人間の返り血かと考えたが、その割には量が多過ぎる気がした。
ゴートはざわつく心を必死に抑えながら、武器を手に取り、家を出る。

「こ、これは?」

表に出たゴートが目にしたのは、同胞たちの死だった。
目に映る範囲だけで十人以上が死んでいる。
首を刎ねられた者、腹を裂かれた者。
その中には先の大会で優勝した若者の姿もあった。
何が起きているのか理解できず、呆然と立ち尽くす彼だったが、背後に気配を感じて振り返る。
そこには、ゴートと同じミスリル製の戦斧を手にしたモートルの姿があった。
何が起こっているのかを問うため口を開きかけたゴートだったが、それより早くモートルが鋭い一撃を放つ。
予想だにしなかった親友からの攻撃をゴートはかろうじて受け止めた。
リンというミスリル特有の金属音が周囲に響く。

「モートル! まさかこれはお主が……」

「ふざけるな!」

ゴートの言葉を遮り、モートルが吠える。

「お前がやったんだろうが!」

怒りを露わに斧を持つ手に力を込めるモートの言葉を理解できず、ゴートは困惑する。

「お前は村に戻ってきて! 突然! 我らを襲った!」

「ワシはそんなことは……」

「分かっている! お前がそんなことをしないということは! おそらくあの人間の仕業なのだろう。だが!」

モートルはゴートの腹に蹴りを放つ。
不意を打たれたゴートは後ろにたたらを踏む。

「ケジメはつけねばならん!」

言いながらモートルは再び斧を振り上げる。
ゴートは襲いくる彼が至る所に深い傷を負っているのに気付いた。
おそらく自分が付けた傷なのだろう。
それを悟りゴートは覚悟を決めた。

(モートルの言う通りじゃ。ケジメはつけねばならんな)

ゴートは構えを解いて、目を閉じる。
しかし、その時、ゴートの意識下で何者かの声が響いてきた。

『殺せ』

たった一言。それだけの言葉だったが彼は無視することができなかった。
そして、ゴートは迫るモートルの首に向けて、自慢の戦斧を振るった。

首のない友人の亡骸を前に、ゴートは放心していた。
そんな彼を嘲笑うように件の旅人が姿を現す。

「ドワーフごときが我に楯突くからこうなる。素直に渡しておけばよかったものを」

そう言いながら旅人は右腕に付けた腕輪をゴートに見せる。

「もう分かっていると思うが、貴様には呪いをかけさせてもらった。目に映るものを誰かれ構わず殺したくなる呪いをな」

「貴様ぁああ!」

ゴートは旅人目がけ、矢のような勢いで飛び出し、渾身の一撃を加える。
しかし、旅人を捉えたはずの刃は虚しく空を切った。

「無駄だ。これは幻影。すでに我はここにはおらぬ」

旅人は、なおも斬りつけてくるドワーフに侮蔑の笑みをくれる。

「さらばだ。愚かなドワーフよ。せいぜい苦しんで死ぬがいい」

その言葉を最後に、旅人は溶けるように姿を消した。
ゴートはその後もその場で戦斧を振り回し続けたが、やがて崩れるように膝をついた。
そして、夜空を見上げて絶叫する。
彼は死と静寂が支配するこの場所で力尽きるまで叫び続けた。
その声は怒りとも悲しみともつかないものだった。

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