第7話 ネズミの王

意気揚々と旅を始めたリアとネンコの二人だったが、しばらくしてネンコが突然歩みを止めた。

「勢いで歩いてはみたものの、どうしようか?」

「えー……」

ネンコの言葉に、リアは足から力が抜けそうになる。
彼が意気揚々と歩き始めたので、何か考えがあるものだと思っていたのだ。
何も考えてなかった、このネズミは。
しかし、リアはそのことでネンコを責める気にはなれなかった。
自分も何も考えていなかったからだ。
リアは腕を組み、目を閉じてこれからすべきことを考える。
すると一つの考えが頭をよぎった。

「お腹すいた」

言うと同時にリアの腹がグゥと鳴る。
リアの顔が羞恥のため真っ赤に染まったが、ネンコは特に気にした様子もないようだった。

「そうだな。まずは食い物と水をなんとかしないとだな。このままだと餓死する」

リアは力強くうなずく。
もう陽はだいぶ高くまで昇っていたが、昨日の夜から飲まず食わずだった。
リアはふと自分の格好を見て、再び顔を赤くする。
リアが着ているのは、いつも寝るときに使っている薄手のワンピースだけだった。
家族ならともかく、他人に寝間着姿を見られるのは年頃の娘としては恥ずかしいものがあるのだろう。
しかも昨日の逃走劇により、ところどころ綻びていた。

「……服も欲しい」

「それは後回しだな」

少女の切実な願いを、ネンコは軽く流す。
リアはあっさりと却下されたことに多少の不満を覚えたが、確かに食料や飲水に比べれば必要ではないだろうと自分を納得させた。
それから二人はしばらくの間、今後の行く先をどうするかを話し合った。
そして、まずは川を探すこと決めた。
川ならば食べられる魚もいるだろうし、水も手に入る。
体の汚れを洗い流すこともできるだろう。

「川がどこにあるか分からないか?」

ネンコの問いにリアは考える。
リアの村にも川はあった。
北の「レーン山脈」から下ってくる雪解け水だ。
村のほぼ中央を流れるその川は、レナス村の人々の生活を支えてきた。
川はレナス村から「魔獣の森」の方へ南に流れていた。
そして、リアは「魔獣の森」を南に逃げてきたはずだった。
途中、騎士と魔獣の襲撃に会いネンコに運ばれて森を抜けてきたため確信は持てないが、父親が言ったように夜の内に森を抜け出せたことを考えると自分たちはレナス村の南側にいる可能性が高かった。
その情報に自分たちが今まで歩いてきた道のりを併せて考える。

「分からないけど、多分あっちだと思う」

リアは自分の考えた方向を指差す。
ネンコはその方向をじっと眺めていたが、よしと小さく呟くと再び歩き始めた。
リアもその後に続く。
陽はすでに頭上にあり、容赦なく二人を照らしていた。
暑さのため吹き出す汗で服が体に張り付き、リアは不快に思ったが、川が見つかるまでの辛抱と自分自身を励ましながら早足に歩を進めた。

リアの考えはどうやら正しかったらしい。
それから三時間ほど歩いたところで川を見つけた。
緩やかに流れるその川の水は澄んでおり、そのまま飲んでも問題ないようだった。
リアたちのいる川岸は、木々のほとんど見られない草原だが、向こう岸は「魔獣の森」を連想させるような鬱蒼とした森になっている。
流れが緩やかなため泳いで向こうに渡れそうだったが、森にいい思い出のないリアは向こう岸には近づくまいと心に誓う。
二人は川辺に腰を落ち着け、しばらく川の流れを眺めながら休息をとった。
いまだ日差しは強かったが、近くに水辺があるせいか、時折吹き抜ける風は適度に冷えており心地よかった。
流れていた汗が引き、それとともに不快な感覚も収まっていく。
十分に休んだ後、ネンコは立ち上がりリアに声をかける。

「よし、じゃあ飯の準備でもするか」

リアはうなずくが、すぐに首をかしげる。

「どうするの?」

「その辺に泳いでる魚捕まえればいいだろ」

ネンコは事もなげにそう答えた。
リアは水面に目を向ける。
魚が気持ちよさそうに泳いでいた。
リアは浅瀬に入り、ゆっくりと魚に近づく。
すると魚は一斉にリアから離れていってしまった。

「逃げちゃうよー?」

リアは何回か同じことを繰り返したが、ついに諦めたのかネンコに助けを求める。
ネンコはやれやれと言った感じで、自分も川に入った。

「見てろよ」

ネンコはそう言うと水中に潜り、魚の群れの近くまで凄まじい速度で泳いでいく。
それに気づいた魚は当然散り散りになって逃げようとするが、ネンコは構わず追いかけた。
そして、群れの中でも一番大きな魚に追いつくと、両手で無造作に尾ひれを掴みリアの方に放り投げた。
リアは両手で掬い上げるようにして慌てて魚を受け止める。
ずしりとした重さがリアの両手にかかる。
かなりの大物だ。

「よし、やってみろ」

「無理だよ!」

水面から顔だけ出して無理難題を言ってくるネンコに、リアはすかさず反論する。
なぜネズミが魚に泳ぎで勝てるのか。
リアにはまるで理解できなかった。
言葉を話すため、一時は人間が魔法で化けているのかとも考えたが、それではこの異常な身体能力の高さの説明がつかない。
おそらくネンコはネズミの王様か何かなのだろう。
だから凄いのだ。
リアは混乱する頭でそう決めつけた。

「水浴びしてくる」

考えることに疲れたリアは腕の中で跳ねる魚を近くの岩場に置くと、ネンコのいる場所から少し上流に移動する。
リアは周りに人がいないことを確認して、汚れた衣服と下着を脱ぎ捨てる。
所々に痛々しい傷があるが美しい白い肌があらわになった。
川の水に肩まで浸かると、澄んだ水がリアの体を清めるように優しく通り過ぎていく。
リアはしばらくその感覚を楽しんだ後、髪の汚れを洗い流し、川から出た。
体を洗った後に汚れた服を着るのは気が引けたが、裸でいるわけにもいかないため、服も軽く洗って水を切っておいた。
その時、リアはネンコが正面の岩の上でこっちを見ながらくつろいでいるのを見つけた。

「わあ!」

リアは服を体にあてがい、しゃがみ込む。

「あっち行って!」

リアの白い肌がみるみる赤くなる。
しかし、当のネンコは不思議そうな顔でリアを見る。

「何してんだ?」

「いいから、あっち行ってて!」

ネンコは首をかしげながら下流の方へ戻っていった。
リアはその姿を見届けると急いで服を広げる。
服は洗ったばかりのため、まだ冷たかったが構わず頭から被る。

「……もういいよ」

着替え終わったリアは濡れた髪を手で整えながら、ネンコに声をかけた。
ネンコはすぐに岩陰から顔を出し、二匹の大きな魚の尻尾を持って、引きずりながら歩いてきた。

「おかしな奴だなあ」

「ネンコさんがね!」

リアはネンコにいろいろと文句を言ってやろうと思ったが、相手はネズミだ。
人間の常識や考え方は通用しないのだろう。
ただ、毎回恥ずかしい思いはしたくないので、リアはネンコに今後は注意するようこんこんと言い聞かせた。

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