第8話 魔女の慟哭

陽が傾き始め、辺りが赤に染まる。
今の時期は陽が長いため、まだしばらくは明るいが、あと一時間もすれば周囲は闇に包まれるだろう。
リアとネンコはそうなる前に火を起こそうと、木の枝や落ち葉を集めていた。
結構な量を集めた後、ネンコは言った。

「火はオレが付けようか」

その言葉にリアは驚いたがどうやらネンコは木と木をこすり合わせて火をつける方法を知っているらしかった。
しかし、リアはその提案を断る。
ネンコがやるよりも自分がやった方が早いと思ったからだ。

「あたしが魔法で着けるよ」

リアはそう言うと、適当な木の枝を手にとって枝先に意識を集中する。
そして、一言呟くと軽く枝を振ってみせた。
次の瞬間、枝の先に小さな火がぱっと灯る。
その様子を見ていたネンコが感嘆の声を上げた。

「おー、すごいな」

「へへへ」

久しぶりに使う魔法だったせいか、使う際に多少の違和感を感じたが無事上手くいったことに安堵する。
リアは着けた火を他の枝や葉に移していく。
ネンコは魚の口から枝を通し、地面に立つように刺していった。

「しかし、魔法かー。初めて見たな。誰でも使えるのか?」

先ほどの魔法に余程興味を持ったのかネンコは作業をしながらリアに尋ねる。

「誰でも使えるわけではないと思うよ。少なくとも村ではあたしとお父さんしか使えなかったし」

リアの話では魔法を使うにはそれなりの資質が必要だという。
この世界の人間は誰でも魔力という力を多少なりとも持っている。
しかし、魔法を使うとなると常人の数倍の量の魔力を持っていなければならない。
更にそれを制御する才能と魔法語の知識、高い集中力などが必要となり、ほとんどの人間が条件を満たすことができないらしい。
膨大な魔力を持ちながら、魔法を使うことができない者も過去にはいたという。
実際に魔法使いと称される人間は、百人に一人もいないのではないかとリアは言った。

「じゃあ、お前すごいんだな」

魚の焼け具合を確かめながら、ネンコは言う。

「あたしの場合はたまたまお父さんが魔法の知識を持っていたから。本当に小さい時から魔法に関わってたみたい」

ネンコの裏表のない褒め言葉に、少し照れ臭さを感じながらリアは答えた。
その後もリアはネンコから質問攻めに会い、自分の持つ魔法の知識を披露することになった。

「さっき使った魔法は『発火』って言ってね。基礎中の基礎の魔法なの」

「魔法を使うにはその魔法に応じた触媒が必要で、高度の魔法になるほど珍しい触媒が必要なんだよ」

「あたしが得意なのは水や氷を使ったものなんだけど、他にも火を操ったり、風を起こしたり……伝説では空から星を落としちゃう魔法もあるらしいの」

リアの説明にネンコがいちいち感心してくれるため、リアも少し得意になって話を続けた。
そうこうしている内に魚がこんがりと焼き上がり、香ばしい匂いが辺りに漂う。

「そろそろいいだろ」

ネンコは自分の近くにある魚をあらかじめ川の水で洗っておいた平らな岩に乗せると、無造作にかぶりついた。
リアもそれに習ってもう片方の魚をかじる。
何も味付けをしていないため不安だったが、魚本来の旨味が出ており、この何もない状況での食事と考えると十分満足できた。
二人はしばらく無言で食事を楽しんだ。

「……それでね。村から逃げてきたんだ」

食事を終え、なんとはなしに話していたらリアが村を出た経緯の話になっていた。

「お父さんはたぶん死んじゃったんだと思う。村の人たちも多分みんな殺されちゃったんじゃないかな。あの騎士の人たちに」

そこまで話すとリアは抱え込んだ足をぎゅっと引き寄せた。

「許せない」

その時の光景を思い出したのか、燃え盛る焚き火を見つめながら呪うように呟いた。
ネンコはその話を黙って聞いていたが、思い出したかのようにリアに問う。

「お前、母親は?」

「お母さんはあたしを産んですぐ死んじゃったんだって。顔も知らないよ」

「そうか」

「あたし……一人ぼっちになっちゃった」

そう言うと、リアは膝に額を付けて下を向く。
重苦しい沈黙が流れた。
ネンコはしばらくそんなリアの様子を眺めていたが、思い立ったように口を開いた。

「今日はもう休めよ。火の番はしててやるから。明日はこの川に沿って歩いてみるぞ」

リアは何か言いたそうに顔を上げたが、ひとつ頷くと適当な石を枕代わりにしてネンコに背を向けて横になった。
再び沈黙が訪れる。
川の流れる音と火の跳ねる音以外は何もしない。
しかし、しばらくするとその中に小さなすすり泣くような声が聞こえてきた。
その声は次第に大きくなり、父親を呼ぶ声と助けを求める声が混じる。
ネンコはその声を聞きながら、相変わらず表情のない顔で焚き火をじっと見つめていた。
やがてその声は小さくなり完全に聞こえなくなったが、ネンコは動こうとはしなかった。
結局、ネズミは夜が明けるまでずっとその場に佇んでいた。
目の前の少女を守るようにして。

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